<貸し出しモニター・レポート「吉里了間」さん>
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見慣れた光景になった街ですれ違う人達のヘッドホン姿。我が青春時代カセットテープだった携帯音楽プレーヤも今ではフラッシュメモリが主流、変われば変わるものである。それとともに音楽の出版方法も随分変わった。かつてレコードが世に送り出されるまでの労力は並大抵ではなかったはず。今では気に入った楽曲をwebからダウンロードすれば、すぐに聴くことができる。時間も場所も選ばずの早業である。
web露出までの時間もとても短縮されたそうである。果たして、ヘッドホンで聴いているのは音楽なのか、情報なのか、、、。楽しめるのであれば、そんな事を気にするのはただ古いと笑われるだけか(^^)。
放送で聴いた音楽を、街のレコード店へ出かけ、レコードジャケットのデザインを眺め、悩みに悩み、選りすぐって、店員さんにかけてもらえないかとお願いし、やっと音楽を入手していたあの頃の"当たり前"は、今では古書街のノスタルジックな風景と化した。そもそも今の時代、「レコード」や「A面」、「B面」なんて言葉は死語になっているのかもしれない。SQ-N100が真空管式アンプの新境地を提案してくれているように、今日は新たな気分でレコード演奏を楽しんでみたい。
一回目のレポートに真空管式アンプへの熱き思い入れを書き募り、先入観さえ持っていると告白したところだが、その先入観とはこうである。『真空管式アンプはレコード時代の再生に合わせて中低音域はふくよかに、高音域は欲張らず少しほっそりと音の先端を伸ばして繊細に響くように。全体はかまぼこ型の周波数曲線でまとめられ、高解像度とかスピード感、パワー感を目指すのではなく、安定感、雰囲気の良さ、ぬくもりを重視した音作りを特徴とする。時に3極直熱管を生かした力感溢れるものもあるが、概ねノスタルジックな雰囲気を湛えたもの』。実際耳にした事のある300Bや2A3を使用した真空管式アンプはまさにそういう印象だったし、それが実に好ましい雰囲気だった。とにかく「ふくよかで温かく、どことなくもっさりしてるのだけど、取り憑かれるほど魅力的」これが私の抱いていた先入観である。
フォノイコライザーの省略されたアンプが増えた昨今、SQ-N100ではPHONO接続端子にレコードプレーヤを直結できるのが嬉しい。設置の都合でSQ-N100との距離が離れているため、ここは掟破りのケーブル延長である。アース線も継ぎ足して無事接続終了。レコードプレーヤは数年前にアームリフターが使えなくなったのだが、部品保有期間はとっくに過ぎた交換不能の年代物である。加えてカートリッジはMC型のため、若干この接続方法には不安が残ったのだが、1.6mV出力のMC型カートリッジをSQ-N100はまったく問題にせず、レコード演奏は難なくできたのである。
そして、このSQ-N100は良い意味で、私の抱いていた真空管式アンプへの浅薄な先入観をあっさり払拭してくれた。特にそれはLPレコードを演奏しながら実感したのである。一聴して再生音は実に軽快で爽やかである。端正なプロポーションやキレの良さは、言うなれば、マリナーズのイチロー選手のようである。くどくど書いた先入観はいったいなんだったのか。恥じ入るばかりである。レコードのスクラッチノイズがあろうがなかろうが関係ない。このすっきりした輝き感がSQ-N100の最大の特徴なのかもしれない。

名盤LP「つづれ織り/キャロル・キング」をSQ-N100で聴く
まずは、大阪万博開催の翌71年に発売された不朽の名作「つづれ織り/キャロル・キング」。ピアノの弾き語りと言えば、レイ・チャールズ、スティービー・ワンダー、ビリー・ジョエル、ギルバート・オサリバン、エルトン・ジョンと枚挙にいとまがない。しかし、ここは、キャロル・キングである。あの美声と言うのではないが胸に真っ直ぐ届いてくるボーカルとピアノ・プレイ。ジェイムス・テイラーのアコースティック・ギター参加にも泣けてくるし、ベースもサックスも粘り強く熱い。
続いて、79年の「アメリカン・モーニング/ランディ・ヴァン・ウォーマー」。2004年、48歳で早世した彼のボーカルはなんと上質なシルキー・ボイスなのであろう。これはレコード演奏ならでこそ聴ける味わいだと思える。アコースティックギターやシンバルの浮遊感も実に心地良い。これぞAORの世界。あくまでも高く爽やかな空の色を感じさせる演奏は、アルバム・タイトル曲が車のCMに使われた理由に違いない。
次は大御所である。75年「主よ,人の望みの喜びよ/ケンプ、バッハを弾く/ヴィルヘルム・ケンプ」。ケンプ氏自身の編曲によるもので80歳での録音というのだから驚く。殊にクラシック音楽のレコード再生ではピアノに大変気を遣う。わずかな音揺れも演奏から聴く気分を遠ざけてしまうからである。バッハの楽曲をピアノソロに編曲した氏の演奏は左手にも右手にも隙はない。かと言って聴き手に必要以上の緊張感を強いる演奏というのでもない。さすが、永年心で弾いて来た熟練の技である。「小説」に行間があるように、氏の編曲により生まれた音の"行間"にはJ.S.Bachの広大な宇宙が織り込まれている。
ボーカルも、アンサンブルも、そしてピアノ・ソロも、SQ-N100はLPレコード演奏全体に耳当たりの良い清澄な音楽を展開してくれ、至福の時間を共有させてくれる。
レコードは演奏に至るまでの手間暇が必要である。CDやフラッシュメモリのようにお手軽ではない。一方、真空管式アンプにもウォームアップの時間が若干必要である。SQ-N100の取扱説明書には「電源オン後すぐに音は出ません」と明記されている。SQ-N100の電源をオンにしたら、その間にレコードの埃を拭ったり、レコードプレーヤの針先に気を配ったり、ディスクスタビライザをセットしたりと、演奏を始めるまでの時間が与えられる。そうしている内に、SQ-N100の「タイム・ミューティング回路が解除」され、いよいよレコード演奏ができるのである。程よい時間ではないか。音楽を聴くありがたみがこの儀式のような一連の動作で湧いて来るのだ。レコードをこれから楽しみたいと思っていたら、インジケータが点滅している間に是非、この一連の儀式も楽しんでもらいたいと思うのである。
次回はスピーカーS-N100も鳴らして、いよいよ"NeoClassico series"勢揃いである。